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店のつくり

寿司屋の暖簾

寿司屋の入口に下がる、一枚の布。もとは禅寺の風よけで、やがて店の看板になり、店の信用そのものを指す言葉にまでなりました。屋台で握りをつまんだ江戸の客は、帰りがけにこの布をどう使ったのか。

禅寺の風よけから

暖簾は、もとは禅寺の道具です。冬の寒さを防ぐため、簾のすき間を覆って風よけにした布のとばり。「暖」の字を唐音で「のう」「のん」と読んで「のうれん」「のんれん」、その音が変わって「のれん」になりました。家の出入口に布を下げること自体は古く、平安・鎌倉の絵巻物にも描かれていて、そのころは「幌(とばり)」と呼ばれた。暖簾という名になるのは室町時代のころで、1603〜04年の『日葡辞書』には、もう「Noren」の語が載っています。

看板になった布

店先に掛ける外暖簾は、日除けと看板を兼ねた布です。そこに屋号や商標を染め抜いて広告にする使い方は江戸の初めに始まり、元禄・宝永(1688〜1711)のころに広まります。素材は木綿か麻、色は白、紺、浅葱、茶。呼び名には東西の違いがあって、『守貞謾稿』は、丈の短いものを暖簾、下まで長いものを京坂では長暖簾、江戸では「日除」と呼ぶと書き分けています。縄を何本も垂らした縄暖簾は、やがて居酒屋や一膳飯屋そのものを指す言葉になりました。
布は、店の信用の代名詞になります。「のれんが古い」といえば老舗、「暖簾に傷がつく」といえば店の信用が損なわれること。長年勤めた奉公人に主家の屋号を許して店を出させるのが、暖簾分け。その日の商いを終えるのも、商売そのものをやめるのも、「暖簾を下ろす」と言います。
ところが、掛けるほうが縁起でもない言い回しもある。『日本国語大辞典』を引くと、「暖簾(のうれん)を掛ける」は破産すること、身代限りになること。1730年の浮世草子『世間手代気質』に、店が急に潰れて表へ暖簾を掛けねばならない、というくだりが用例として載っています。

屋台ののれんで手を拭く

さて、寿司屋です。握りが生まれた1820年ごろ、握りは屋台で盛んに食べられていました。ひとつが、いまの握りの2〜3個分もある大きさ。職人は屋台の奥に座って握り、客は屋台を囲んで立ったまま食べる。箸などなく、手でつかんで3〜4個。勘定を済ませると、店ののれんで汚れた手を拭いて帰っていった、という話が伝わっています。
のれんで手を拭く客が多ければ、のれんはそれだけ汚れる。ミツカンの「すしラボ」は、この屋台の話に「のれんが汚い店は繁盛店の証?」という題を付けて案内しています。汚れたのれんは繁盛のしるし。題の末尾に付いた「?」ごと、屋台の寿司にまつわる言い伝えとして味わいたいところです。

いまの寿司屋ののれん

戦後の寿司屋には、指を洗う場所まで用意されるようになります。東京の業者が「常陸屋造り」として売り出した店のつくりには、寿司をつまんだ指を洗える個別の水道が付いていました。その目の前の水道も、いまでは少なくなっています。いきさつは「寿司屋にカウンターが多いわけ」に。それでも、のれんが店の入口であることは変わりません。すしラボのカウンターデビュー講座も、店に入る回の題は「のれんをくぐる」です。

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