品書き / 江戸前の仕事
江戸前の仕事
締めることばの意味
- 鮎
江戸前寿司にも鮎の伝統の技があります。小ぶりの天然鮎を開いて酢で締め、シャリを詰めてぎゅっと握る「姿づけ」。東京で修業した職人も、修業時代につけたことがある仕事です。
三枚に下ろし、まな板を斜めにして塩を振り、小一時間置いてから酢に漬ける。「明日来な」。翌日、酢がなじんだ片身を握ると、皮目に鮎の風味、身には川魚らしい好ましい香り。「実にうまい」「天然アユが安ければね」。そんなやりとりが出る一かんです。
- アジ
塩を振って置くのは、わずか数分。人形町「㐂寿司」の四代目は、表面に水分が浮いた頃合いで、もう酢にくぐらせます。塩は余分な水分と雑味を抜くためのもの。冷蔵技術が進んだいまは、生でも食べられるからです。同じ酢〆でも、江戸時代とは塩や酢の時間が目に見えて違います。
アジは古くから東京湾でもよく取れた魚です。塩を振って酢に漬ける「酢〆」は、江戸前寿司の古典的な仕事として広まりました。小田原名物の「小鯵の押し寿司」も、この流れに通じるもの。
- イワシ
イワシは、注文を受けてから腹を開く店もあります。それまでは氷を入れた塩水ごと容器に入れ、しっかり冷やし込んでおく。開いたら塩をあてて10分ほど。ため水で塩を流し、布巾で水気をとります。少量の醤油を加えた酢にくぐらせ、飾り包丁を入れて握る。
- 春子(かすご)
12〜13cmのチダイを、1尾で1かん、姿のまま握る。尾びれがぴんと立って、いちばん伝統的な形です。もう少し大きければ、三枚に下ろして皮付きのまま酢で締め、尾びれをつけた片身で1かん。これぞ江戸前好みの姿。
チダイはマダイより水分が多い。ふつうなら欠点のこの性質が、酢で締めると利点に変わります。身が硬く締まりすぎず、シャリによくなじむ。皮目には甘味があって、酢で締めてもこくが残る。皮の色もマダイより華やかです。
人形町の老舗では、15cmほどの小鯛に塩を10分、酢と砂糖を合わせた汁にくぐらせ、昆布で1時間半ほど締める。身が薄く、締めると縮んでしまうので、海老のすり身を入れた甘いおぼろを身とシャリのあいだにかませて握ります。脂はのっていなくても、軽やかな酸味とふくよかなうま味が合わさる一かんです。
- キス
冷蔵庫のない時代、タネは完全な生では握りませんでした。穴子は煮る。イカやエビはゆでる。小魚は酢で締める。キスも酢締めです。大きいものは半身で1かんの「片身漬け」。小ぶりのものは開いて酢で締め、シャリをくるりと巻き込むようにつけました。
- コハダ
コハダは「鮨のためにある魚」。銀座「ほかけ」の矢﨑桂さんのこの言葉に尽きます。「煮ても焼いても食えない」のに、塩と酢で〆てシャリと合わせると、別物のように旨くなる。だから塩の量も振り方も、〆る時間も、その日のコハダを見て毎日少しずつ変えていく。
仕込みは二段構え。まず塩で余分な水分と臭みを抜き、次に酢で締めます。目安は塩で20分ほど、酢で20分ほど。ただ、塩の量も酢の時間も店によって違う。だからコハダには、その店の個性がはっきり出ます。
身がしまった合図は、表面がうっすら白くなる瞬間。大きさ、身の厚さ、脂ののりで加減は全部変わるから、見極めは秒単位です。酢はやや強めに。煮きりとの釣り合いを考えての加減です。締めたら冷蔵庫でひと晩ねかせて、食べごろを迎えます。
東京では、塩をしてから生酢で締める。関西あたりでは甘酢に漬け込む。同じ魚でも、東と西で仕事がまるで違います。
- サバ
しめさばの仕込みの一例。三枚におろしたサバに、魚体が見えなくなるほどたっぷり塩をあて、約2時間(身の具合で1時間半)置きます。身が柔らかいので、塩は流水ではなく、ボウルにためた水で抜く。それから赤酢と白酢に醤油を加えた酢に、約1時間。昼に漬けたものを、夜から使います。
酢に漬けると、サバの表面は白くなります。漬け加減しだいで、中を生っぽく残した浅漬けにも、芯の色が変わるまでしっかり漬けたものにもなる。どちらに仕上げるかで、店の考えが分かれます。
- サヨリ
江戸前、東京湾でたくさん揚がる魚なので、古くからの伝統の寿司ダネです。江戸時代には生で使うことはほとんどなく、煮るか、酢で締めるか。基本は酢締めでした。酢で締めても、かすかな苦みと皮目の風味は消えない。そのうえ酢のさっぱりした味で生臭みが抜けて、実に食べやすい握りになります。
昔ながらの仕事はこうです。三枚に下ろしたら黒い腹の皮をすき取り、立て塩に10分ほど。軽く酢で洗って、片身で1かん。ひとつは真ん中で折ってスプーンの形にし、そこにおぼろを入れて握る。もうひとつはくるくると巻いて、蕨(わらび)の若芽のように仕立てる。どちらも江戸前握りの基本の技なのに、いまではほとんど見かけません。
昆布で締めることばの意味
- キス
昆布締めもいい。三枚に下ろして皮を引き、塩を振って小半時ほど。水気が浮いたら洗い、昆布で包んで1日置く。飴色になった身を握ると、まず昆布の香りとうま味が立ち、そのあとにキスのうま味が舌に浮かんでくる。仕事をしたタネは、シャリと合わさって、いっそう強く残ります。
ヅケにすることばの意味
- マグロ
マグロの赤身を「ヅケ」と呼ぶことがあるのは、古くは赤身こそがうまいもので、保存のために醤油に漬けたから。静岡県では、これを「べっこう」と呼びます。
赤身をヅケにしない店もあります。生の高品質なマグロを求めるからこそ、よほどのことがない限り、煮切り醤油に漬け込む「ヅケ」は作らない。ヅケは江戸前の仕事の代表なのに、店によってここまで扱いが分かれる。
- シャコ
江戸前寿司の老舗は、市場で買ったゆでしゃこをそのまま握ることはまずありません。砂糖・みりん・しょうゆなどを合わせた地に、ひと手間かけて漬け込みます。
- イクラ
寿司ダネのイクラでいちばん大事なのは、柔らかさ。筋子をほぐし、しょうゆと少しの本みりんで漬けて、軍艦巻きにします。
煮ることばの意味
- イカ
江戸前寿司の基本のひとつに「煮いか」があります。小振りのヤリイカや新イカを煮ることもありますが、いちばん庶民的なのはスルメイカの煮いか。ところが作る人は年々減り、いまや貴重な一貫になりつつあります。
作り方はこう。水・しょうゆ・砂糖の煮汁にスルメイカを1尾ずつ入れ、胴に菜箸を差してくるくる回しながら短時間で煮上げます。みりんを使わないのが江戸前のやり方で、残った煮汁は詰めの材料にもなる。
煮いかは皮のほうを上にして握り、詰めを一はけ塗ります。コツは、思ったより甘く煮ること。
関東では真冬から8月ごろまで、小振りのスルメイカ(麦いか)が入ってきます。これをさっと煮て、握りに。
- タコ
江戸前寿司のタコは、柔らかく炊き上げたら火を止め、ゆっくり冷まして味をなじませます。こうして仕上げた柔らかな煮ダコが「桜煮」です。
タコを醤油で長くことこと煮ると、桜の樹皮のような色になります。この柔らか煮を「桜煮」とも呼ぶのは、そのため。
1730年刊の料理書『料理網目調味抄』には「タコの江戸煮」が載っています。酒と煎茶で煮て、甘みは付けない。
- 赤貝
本来は捨てるアカガイのわたを甘く煮て、軍艦巻きにする店もあります。
- ハマグリ
江戸前握りの芯にあるのは、干瓢、ハマグリ、穴子といった煮もの。ハマグリは生で握る貝ではありません。煮て、つゆに漬けて、はじめて寿司ダネになる。だから職人の仕事が、味と食感をそのまま決めます。
難しいのは、ゆで上げの頃合い。貝は火を入れすぎると固くなる。かといって、日持ちを考えればわたが生煮えでは困る。固くも柔らかくもない一瞬で引き上げ、あとは余熱に任せます。ここは体で覚えるしかない仕事です。
ゆで汁は、春霞がかかったように白く濁ってきます。これが蛤の旨み。このゆで汁に砂糖、醤油、味醂を合わせて「煮づゆ」を作り、ゆでた蛤を半日ほど漬け込む。午前中に漬ければ、その日の夜には店に出せます。握るときは、指でわたを押し出して包丁で水平に開き、仕上げに詰めを塗る。
低い温度でじっくり火を通す方法もあります。60〜65℃で約30分。煮えたら蛤を引き上げ、出汁を漉して半分まで煮詰めます。醤油などを合わせたその地が65℃以下まで下がったら蛤を戻し、半日から1日漬ける。漬け汁に5%のハチミツを加え、5分の1まで煮詰めれば、煮蛤用の詰めにもなります。
- ホタテ
江戸前寿司では、蛤やあさり、帆立などを煮汁に漬け込んで、ゆっくり味を含ませます。
- 牡蠣
マガキの寿司の定番は、煮がきの握りです。むき身をさっと醤油味で煮て、味を含ませてから握る。すわりが悪いので海苔の帯で巻きます。煮てあるから水も出ない。ほんのりした苦みと醤油の味わいを、シャリの酸味がうまくまとめて、あと味よく喉へ消えていく。
- 穴子
穴子を看板にする店の仕事は、こうです。背開きにしたら、何度も洗ってぬめりを落とす。それをたっぷりの煮汁で、身が崩れないように煮上げる。ふわっ、とろっとした食感を出せるかどうかは、火加減ひとつにかかっています。
煮上がっても、すぐには引き上げません。そのまま鍋で冷まし、手を入れられるくらいになったら、壊れ物を扱うように、そっとバットへ上げます。
八王子には、穴子を2時間ほど煮る古い江戸前の店があります。それだけ煮ても、皮はしっかり残る。炙って出すことを計算した煮方で、出前で時間がたっても味が落ちません。
詰めの名は、もともと煮穴子を作るときの煮汁を煮詰めて作ったことから。
- かんぴょう巻
炊くのは熱の回りのいい銅の大鍋。前回の煮汁に醤油とザラメを足し、極弱火でふたをしてことこと。柔らかいのでかき混ぜてはいけない。キャラメルのような琥珀色がついたら、最後にみりんで照りを出します。この煮汁は捨てずに、詰めやちらし用の椎茸にも回す。継ぎ足しで深くなる、江戸前の知恵です。
茹でる・蒸す
- 甘鯛
握りでよく見るのは皮霜造り。鱗を包丁ですき取り、皮に湯をかけて切りつける。寒い時期のものは脂がのってやわらかく、湯をかけたところがとろっととろけています。
- 白魚
生の軍艦はぷちぷちとして、うま味とかすかな苦み。短時間塩ゆでして釜揚げにすると、苦みが薄れて甘味が増します。
- 春子(かすご)
キダイの味は皮目にある。皮を引くと味が一段下がります。三枚に下ろして湯をかけ、氷水に落とす皮霜造りにして握れば、身の甘さが先に来て、皮目の味と食感があとを追う。
- タコ
ゆで時間を1分ほどで切り上げた、生に近いゆでダコ。小豆を煮たような香りがあって柔らかく、握りに向きます。
- エビ
江戸前で握るエビは、基本的にゆでたもの。生では使いませんでした。
クルマエビは生きたままゆで、人肌くらいの温度で握る。香りも味も、これがいちばんです。大きすぎるとゆで方しだいで硬くなるので、江戸前の握りに向くのは12cmほどの中巻き。
茹で海老は、どうしても味が淡くなりがち。そこで甘酢や黄身酢おぼろに漬け込む。これも江戸前寿司の古典的な仕事です。
- シャコ
寿司店は、シャコを自分ではゆでません。寿司ダネにするのは、浜でゆでて殻をむいた「ゆでしゃこ」。
とったら、すぐにゆでる。シャコは消化酵素が強く、時間がたつと自分の酵素で身が変質してしまうからです。柴の漁師も、持ち帰るとただちにゆでて、むき身に仕上げていました。
- 青柳
江戸前を代表する寿司ダネで、東京湾ではいまもとれています。伝統の仕込みは、鍋にむき身と塩を入れてかき混ぜながら火を通し、手を入れていられないほど熱くなったところで氷水に落とす。水気をよく拭いて開き、握ります。東京湾のものは赤みが強く、味も濃い。春に江戸前をひとつだけ選ぶならこれ、と言いたくなる一貫です。
- アワビ
そこで蒸しアワビ。酒と水で蒸し上げると、硬いアワビが蒲鉾のように軟らかくなり、それでいて濃い味は身に残る。30分蒸して、そのまま鍋で一晩。シャリと一緒に噛み切れて、噛んだ瞬間に貝の旨さと蒸し汁の味があふれます。蒸すなら、マダカに限る。
いつも「雄貝」クロアワビと比べられ、格下に見られがちな「雌貝」メガイアワビ。差が出るのは、生でコリコリ食べたときの話です。酒と水を同割にして塩、ほんの少しの醤油で蒸し煮にし、翌日まで鍋止め。こうすれば、値の張る雄貝と味わいは互角か、それ以上。身はしっとり柔らかく、じわりと甘い。
蒸し鮑と煮鮑の境目は、じつはかなりあいまいです。蒸したら蒸し鮑、煮たら煮鮑のはずが、煮ていても蒸し鮑と呼ぶ店はいくらでもある。そもそも「蒸す」といっても蒸し煮に近い。少しでも醤油を加えたら「煮貝」だ、と言い切る職人もいます。
銀座のある店の蒸し方はこうです。水を流しながらタワシで表面のぬめりをこすり落とす。身が固くなるのを嫌って、塩はしない。バットに酒を少し張ってアワビを並べ、昆布をかけて蒸し器で1時間。竹串がすっと通れば完成で、大きいものなら2時間かかることもあります。蒸すほど柔らかくなるとは限らず、柔らかさには限界がある。だからこそ、仕入れがいちばん大切です。
- ホッキ貝
ホッキの足を開いて湯通しすると、先が紅色に染まって、甘みが増します。職人がゆで加減を見きわめるのも、この赤の発色です。
軽く湯通しして握ることが多いホッキですが、貝の風味が強いからと、生で握る職人もいます。湯通しか生か。ここは好みで選んでいいところ。
- ホタテ
殻付きのまま短時間ゆでて握ると、甘みが増して、シコッとした食感に変わります。産地でゆでて出荷する「ゆでホタテ」という商品もあるほど。
- 牡蠣
生ガキを握ると、たいてい失敗します。夏にイワガキの生で試したときは、身から染み出す水分が思った以上に多かった。しかも牡蠣がうますぎて、シャリの存在を消してしまう。そこでマガキを軽くゆでてみたら、今度は身が大きすぎて、二つに割ってやっとシャリにのせた。ところがこれが、シャリがどこへ行ったか分からないほどうまい。マガキは軽くゆがくと、ぐっと味が濃くなります。
- ミル貝
水管は、軽く湯通しして握ります。甘みが強く、歯ごたえはほどよい。それでいて、シャリとなじむ。口から消えたあとには、貝の風味が残る。握り姿も美しい。
- あん肝
寿司屋のあん肝は、仕込みで決まります。表面の皮をむき、細かい血管を取り除いて血を抜き、酒と塩で洗う。水を切って蒸し上げたら、味つけの調味料は使わない店もある。鮮度がよければ酒と塩だけで十分だからです。軍艦にしてもみじおろしとあさつきを添えれば、ぷるんとした弾力が口の温度でとけて、シャリをクリームのソースのように包みます。
蒸し方は店によってさまざまです。血管や皮膜をていねいに取ったら、酒に1時間ほど漬け込み、ホイルで巻いて蒸し上げる方法もあります。舌にのせるとほろりとつぶれ、濃い味のなかに甘みと独特の渋み。
身の握りに、蒸した肝をのせる手もあります。アンコウの身は刺身だと味が薄いのですが、ほんの少し熱湯にくぐらせて霜降りにすると、ぐっと味が出てくる。そこに肝をのせ、大根おろしとポン酢で。フグの握りに似た味わいで、食べ始めたら止まりません。
- 白子
体長60cm、重さ3kgほどのマダラ1尾からとれる白子は、4〜5人前ほど。破らないよう筋にはさみを入れて一口大に切り、煮立った湯にさっと通して氷水で急に冷やす。仕上げは、水に3%の塩を加えた「立て塩」。やわらかな塩味をまとわせ、旨みを逃がさないための下ごしらえです。
- かんぴょう巻
仕込みは戻しから。干瓢を海苔の幅に切りそろえ、金だらいに入れて塩を振り、熱湯をかける。湯を捨てて、水でよくもみ洗い。乾いていた干瓢が、ここで息を吹き返します。ゆで時間は1本ずつの個体差しだいで、1時間から3時間。柔らかすぎても硬すぎてもだめで、最後は手でさわって確かめます。
炙る
- カツオ
もともと東京には、カツオを炙って「たたき」にする慣習はありませんでした。いまは状態を見て串を打ち、皮目だけを遠火で炙って、火が入りすぎないうちにすぐ水をかけて冷やす店もあります。握りには、わさびではなく、細かく刻んだ青ねぎと生姜をかませる。
- 甘鯛
kgあたり1万円以上するぐじの鱗を取り、皮つきのまま切りつけてあぶる。脂がのっているので表面が溶けて、口に入れるとトロッととろける。甘味が強く、シャリともよく合います。
- 鱧
東京で修業し、東京で店を開いた江戸前の職人にとって、鱧は未知のタネでした。骨切りは包丁がだめになると断られ、市場で頼んだ人の腕はいまひとつ。それでも金串を打って直火であぶり、握ってみると、脂でふわっとして、身には甘味がある。生じょうゆより詰めを塗ったほうが、握りとして完成します。
- ホウボウ
鳴くための浮き袋も食べられます。「鳴き袋」とでも呼びたくなる部位です。肉厚の袋で、煮ても焼いてもうまい。大きな個体でも1つしかとれない珍味です。締めてすぐ取り出し、あぶって握った一かんもありますが、やや硬く、シャリとのなじみはいまひとつ。つまみのほうが向いています。
- イサキ
瓜坊を片身づけにしてあぶり、焦げた表面に煮切りをひとはけ、叩いた山椒の葉をのせる。まだ温かいうちに口へ入れると、すぐに身がほぐれてシャリとひとつになり、強い甘みが浮かび上がってきます。
夏のイサキは白子を抱えています。この白子が究極の美味。真子はそれほどでもないので白子も期待せずに食べると、意外なほどうまい。あぶって、ほんのり温かいうちに握ると、もろくほぐれてクリーミー。関東ではあまり使わず、市場の仲卸に無造作に置かれていることもあります。
真子のほうは、煮切りを塗ってあぶって握る。しょうゆの香りで食べさせる一かんです。
- カワハギ
皮を剥いだあとに残る薄皮が、職人泣かせ。薄くて引きにくいのです。そこで薄皮をつけたままあぶって握る。あぶって白くなった薄皮の下に、透きとおった身が見えて美しい。これが、ことのほかうまい。
手のひらほどの小さなカワハギを、釣りの世界では「ワッペン」と呼びます。小さくてもうまい。片身で1かんの大きさで、握って肝をのせ、そのままあぶると、見た目は美しくないのに実にうまい。
- ノドグロ
築地の「つきぢ神楽寿司」は、のどぐろを「炙り握り」で出します。注文ごとに皮目を直火で炙る。香ばしくなった皮が身の旨みを引き出し、口当たりのいい温度でシャリと合わさります。
- サワラ
サワラの弱点は、味が平たくクセがなく、うま味が薄いこと。だから幽庵焼きや西京漬けに向く。その平たさを破るうま味が、皮と皮の下にあります。皮目をあぶって握れば、香ばしさと一緒に、シャリの上でとろっと溶けていく。
2013年の10月、11月には東京湾産のサワラが続けて入り、どれも脂がのっていました。皮目をあぶると、皮の下から脂がしみ出して粒が踊るのが見える。冷めないうちに握って、すぐ口へ。表面がとろりととろけ、あぶった香りが鼻に抜けます。
若魚のサゴシも、皮目をあぶってそぎ切りにし、シャリにのせると実にいい。薬味はわさびより、しょうがのほうが合います。
- コハダ
握りの仕上げは店ごとに違います。皮を残して軽く炙る店。飾り包丁で切れ目を入れ、食感を整える店。酢橘、刻みネギ、柚子皮を添える店。最後のひと手間ひとつで、同じコハダがまるで違う顔を見せる。ここが、じつに面白い。シャリの温度も効いてきて、熱すぎれば身が崩れ、冷たすぎれば味が立たない。
- サヨリ
引いた皮も捨てたものではありません。うま味が強く香りがよくて、あぶって握ると非常にうまい。ただ、値段のつかない副産物を握ってくれる寿司屋はめったにない。もったいない話です。
- 太刀魚
握りの基本は「あぶり」。皮目を一瞬あぶって、切りつけて握る。あぶりすぎないのがこつです。1kgを超える大ぶりのものは、季節を変えて何度握っても外れがなく、実に甘味が強い。
- エビ
ぼたんえびの握りには、頭を添えることがあります。生のままでも、軽く炙っても。炙ればみその旨みがぐっと濃くなります。
- 平貝
表面をさっと炙ると化けます。強火で短時間あぶるだけで甘みが増し、貝らしい風味も強くなる。渋みはそのままに、全体の旨みが一段上がります。あぶった直後の香りも格別です。
- 穴子
出す前に煮穴子を軽く炙るか、炙らないか。これは煮方との兼ね合いで決まります。手に取るだけで崩れるほど柔らかく煮上げる店もあれば、マアナゴの身質をしっかり残して煮る店もある。
- うなぎ
タレを塗らない白焼きも握りになります。関東風に背開きして炭火で焼き、20分ほど蒸して、もう一度軽く焼いたもの。これにワサビと醤油。握る前にいちいち炙るのは手間ですが、その温かさがごちそうです。
穴子とどこが違うのか。ウナギは深い海で生まれ、日本の海辺にたどり着いて川を上る魚。江戸前の寿司屋では、穴子は煮て握る。ウナギは焼いてタレ。そして香り。ウナギにあって穴子にないのは、かすかな麦わらのような匂いです。これを「臭」ではなく「香」と感じさせるように焼くのが、腕の見せどころ。
- かっぱ巻
きゅうりはほかのタネとも組みます。煮穴子を強火で炙り、詰めを塗って多めの山葵ときゅうりと巻く「穴きゅう」。赤貝のひもと巻く「ひもきゅう」は、赤・緑・白・黒の彩りがきれいな一本です。
寝かせる
- ヒラマサ
同じブリ属でも、ブリとの大きな違いは白身魚のように熟成する点です。締め方さえよければ、刺身で長く楽しめます。4日目の背の血合い近くでも酸味がもたつかず、やわらかく深い味。大型は寝かせたほうがうまい。
- カレイ
カレイは身の傷みが早いので、寿司ダネにするなら「野締め」ではなく、生かしておいたもの(活かし)が大前提。市場の水槽で生かしていた魚をその場で締めて持ち帰り、すぐにおろす店もあります。そうした店の見立てでは、シャリとの一体感でいえば、おろして1日たったころが食べ頃。
- シマアジ
アジの仲間なのに、シマアジは時間とともにうま味が増します。釣り上げた翌日の刺身はすでに素晴らしい。その翌日の夜、腹側は脂もうま味もさらに強くなった。処理がよければ、3日続けて刺身を楽しめます。
- タイ
人形町「㐂寿司」では、朝仕入れたタイをすぐに神経〆にして持ち帰っておろし、皮を引いて1日ねかせます。おろし立ての身は「活かって」いて、寿司ダネには向かない。食べ頃は翌日の昼以降です。
3日ほどねかせたタイを、昆布で締めた握りを出す店もあります。水分が抜けてから昆布で包むので、旨味をしっかり吸って、ねっとりした食感に。1日ねかせただけのものとは、味が違います。
- キス
釣りたてはシコッとして、甘味もある。ところがタネケースに一晩残った2かん分を翌日握ってもらうと、これが驚くほどうまい。透明感は消えて食感も落ちたぶん、甘味とうま味がぐんと増えている。一晩で、別の魚に化けていました。
包丁と下ごしらえ
- カツオ
カツオは足が早い。だから1尾(マル)ではなく、半身や4分の1で仕入れる店もあります。皮の硬い部分を取り、腹と背に分けて血合いや筋を除き、切り付けた身に隠し包丁を入れる。
- マグロ
同じ赤身でも、部位ごとに切りつけ方と握り方を変える店もあります。味の濃い「血合いぎし」はやや分厚く切り、玉子と同じ「鞍掛け」で握る。赤身のトロと呼ばれる柔らかい「ヒレ下」は、薄く削ぐように切って、シャリをくるむように握ります。
- ネギトロ
使うのは、マグロの中骨に残る「中落ち」や、皮の裏に残った身をすき取った「すき身」。これをネギなどと一緒に叩いて細かくします。狭い意味のトロ(腹の身)でなくても、脂の多い部位はトロと呼ばれることがあります。
- 甘鯛
白身ですが水分が多くてもろく、手荒に扱うと崩れる。水分を抜いて料理するのが基本です。そのうえ鱗と骨は硬い。骨の硬さと身のもろさが、下ろすのを難しくしています。鱗は、ふつうは包丁ですき引きにする。
- ヒラメ
ヒラメやカレイは「五枚おろし」にします。背と腹の鱗を包丁ですいて内臓を出し、鰭の付け根に沿って包丁を入れる。縁側はこのとき、身とは別に取れます。
- カレイ
白身の握りは、タネの厚さで味が決まります。厚すぎればシャリとの一体感が崩れ、薄すぎれば噛むほどに広がる淡白な味が楽しめない。厚さにしてわずか数ミリ。その塩梅に、職人の腕が出ます。
- シマアジ
かつては、養殖シマアジの大量の脂を嫌って、氷水で締めてから使う料理人も少なくなかった。身は繊維質が少なく、ねっとり舌にからみついて、後味まで強い。天然とはまったく別種の味です。
0.5kgくらいから、背と腹に分けて血合い骨を切り取れるようになる。腹は明らかに脂が多く、好む人も多い。背は端正な味で、ほんのりした甘味のあとからうま味が追いかけてきます。
- アジ
小ぶりなアジを選び、片身で1貫を握る店もあります。シャリにかませるのは、わさびではなく生姜と細かく刻んだあさつき。皮は握る直前にはぎ、身の上に飾り包丁を入れて煮切りを塗ります。
- 春子(かすご)
小さいからこそ手がかかる。包丁で下ろしにくく、小骨を一本残らず抜くまで神経を使います。鯛と名がついても、マグロや穴子ほどの華はない。お決まりの握りにはなかなか入らず、出会えたら幸運なタネです。
- サバ
サバをそぎ切りにせず、分厚く切りつけて「鞍掛け」で握る店もあります。シャリには生姜とあさつき。使うのは1kg程度の真さばで、大きすぎると握ったときにやぼったくなる。
- ホタルイカ
生のホタルイカを握るなら、内臓と目を取り、開いてからつけます。
- エビ
小さくて殻がむきにくい白エビ。それが、一度冷凍してから解凍すると殻がむきやすくなると分かり、刺身や寿司で食べられるようになりました。
- 赤貝
握る前に身に切れ目を入れ、まな板にパチンとたたきつける。身がきゅっと締まって硬直した、その状態のまま握ります。
下ごしらえは、割ってヒモと身に分け、身を開いて水洗いするところから。熟練の職人は慎重にむき身にして足を開き、塩水の中で振り洗いします。
- 青柳
小ぶりなものや、むくときに傷をつけたものは、足だけを切り取った「舌切り」になります。開けるほど大きくないので、2枚重ねて握る。味は変わらず、厚みが出て食感はむしろいいくらい。生でもいいし、軽く湯通ししても歯ざわりがよくなります。
- アワビ
蒸したアワビは殻から簡単に外れ、肝も一緒に取れます。黒っぽい砂袋を外し、肝だけをすり鉢ですって、牛乳と蒸し汁でのばす。醤油と味醂で味をととのえれば肝ソース。蒸し鮑は厚めに波切りにして、ソースをからめます。
- ハマグリ
仕込みはまず、剥き身の水管に竹串を通すところから。串ごと水の中でふり洗いすると、身どうしがこすれず、薄皮も傷まない。それでいて砂や汚れはきれいに落ちます。噛んだときに砂がひと粒でも残れば、すべて台無し。割箸を通して洗う店もあります。
- ホタテ
寿司ダネの基本は、殻付きの活け。握る直前にむいて、ひもやわたを除き、素早く握る。これが正統です。職人の間では、活けを「殻ホ」、むいた貝柱を「むきホ」と呼び分けます。
活けのホタテを握るなら、貝柱のまわりの硬い腱などを外し、ひも(外套膜)は塩でもみ洗いします。
- つぶ貝
エゾボラ属の巻貝には毒があります。唾液腺にテトラミンを持っていて、足を割ると出てくる白く柔らかい塊がその唾液腺。料理の前に必ず取り除く。食べてしまうと、酒に酔ったような状態になったり、後頭部が痛んだり、めまいが起きたりします。
真つぶを握るときは、殻から出して唾液腺を取り、ぬめりをもみ出してから切りつけます。細かく包丁目を入れておくと、シャリとのなじみがよくなる。
- ウニ
残ったウニを空鍋でつぶしながら煎って「うにおぼろ」にし、軍艦巻きにする寿司職人もいます。水が出ず、風味が濃くなる。
- 穴子
マアナゴを三枚に下ろして皮を引き、冷水で洗った「洗い」を握りにする食べ方もあります。ただ、シャリとのなじみはよくありません。
- 玉子
江戸前寿司の玉子は、海老やヒラメ、鯛などのすり身を入れた卵を、ほたる火でじっくり焼き上げます。仕込みから焼き上がりまで、半日がかりの店もあるほどです。
早稲田の八幡鮨に残る昔ながらの玉子は、鯛と海老を分厚い切り身のまま擂鉢でつぶすところから始まります。そこへ卵と砂糖・塩・味醂を混ぜ、近くを通れば消えてしまいそうなほどのトロ火で焼く。厚く焼くと、仕込みから2時間ほどかかります。
- うなぎ
関東は背開きで頭を落とし、白焼きにしてから蒸して、タレをつけて本焼き。関西は腹開きで頭をつけたまま、蒸さずにじっくり焼く地焼き。名古屋も腹開き、九州は背開きで蒸さずに焼く。ところが、江戸時代の末に書かれた『守貞謾稿』を開くと、京阪は背から、江戸は腹から裂く、と逆のことが書いてあります。
このページの出典(119件)
- 鮎の姿づけ(1204貫目)|WEB寿司図鑑(ぼうずコンニャク)2026-09-25 閲覧
- アユの酢じめ片身づけ(1205貫目)|WEB寿司図鑑(ぼうずコンニャク)2026-09-25 閲覧
- 光ものの概念が変わる「㐂寿司」の鯵。(2019年7月16日)(dancyu)2026-09-25 閲覧
- 「㐂寿司」の鰯は梅雨間の一瞬の光。(2019年7月15日)(dancyu)2026-09-25 閲覧
- 春日子/チダイ(844貫目)|WEB寿司図鑑(ぼうずコンニャク)2026-09-25 閲覧
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- さよりの酢じめわらび造り(1007貫目)|WEB寿司図鑑(ぼうずコンニャク)2026-09-25 閲覧
- 針魚/サヨリ(782貫目)|WEB寿司図鑑(ぼうずコンニャク)2026-09-25 閲覧
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- 寿司データベース【コハダ】— 酢締めに宿る江戸前の粋(note「読むだけで知識が深まるnote」)2026-09-25 閲覧
- サヨリのあぶり皮(936貫目)|WEB寿司図鑑(ぼうずコンニャク)2026-09-25 閲覧
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