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街道

鯖街道

若狭の小浜で一塩した鯖を背負い、峠を越えて京へ。着くころには、ちょうどいい塩加減になっている。京都の鯖寿司の塩サバが通った道、鯖街道の話です。

小浜市いづみ町のアーケードにある鯖街道の起点
小浜市いづみ町のアーケードにある鯖街道の起点写真: TR15336300101(CC BY-SA 4.0)

若狭から京へ

鯖街道は、一本の道の名前ではありません。若狭の小浜藩領、いまの福井県嶺南と京都を結ぶ街道をまとめた呼び名です。いちばんよく使われたのは、小浜から熊川宿、朽木を抜けて、京都の出町に至る若狭街道。
若狭は古代から「御食国(みけつくに)」。塩や海産物を都へ届け、都の食を支えてきた国です。一塩した若狭の海の幸は、京で「若狭もの」「若狭一汐」と呼ばれて珍重されました。

京は遠ても十八里

花脊峠を横切る鯖街道の道標
花脊峠を横切る鯖街道の道標写真: エコ殿様(CC BY-SA 4.0)
「京は遠ても十八里」。一塩した鯖を背負った若狭の人たちは、こう口にしながら針畑越えの急な峠を越えました。十八里は約72キロ。「遠ても」の一語に、京は近い、という気持ちがこもっています。
小浜の古文書『市場仲買い文書』には、「生鯖塩して荷い、京へ行き任る」。塩をした鯖は、京に着くころにちょうどいい塩加減になる。京の町の人たちに重宝されたのは、この塩サバでした。
熊川宿の中ノ町(福井県若狭町、2020年)
熊川宿の中ノ町(福井県若狭町、2020年)写真: Asturio Cantabrio(CC BY-SA 4.0)
街道いちばんの中継地が、熊川宿です。小浜の仲買が送り出した大量の荷を、ここの問屋が馬借や背負いに取り次ぎ、京へ運ばせた。一日に千頭の牛馬が通ったという話まで残っています。

古い道の、新しい名前

ところが「鯖街道」という呼び名そのものは、意外なほど新しい。『朽木村史』(2010年)は、1979年に書かれたある小説家の文章を初出としています。
2015年4月24日、「海と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群 〜御食国若狭と鯖街道〜」は、文化庁が選んだ最初の日本遺産18件のひとつになりました。

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