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岩手県

三陸の岩手は、冬のアワビと北限の海女のウニ、本州一の秋サケの県。宮古湾ではサーモンの養殖も始まりました。納豆巻きが生まれたのも、岩手の盛岡です。

北限の海女

久慈の北限の海女
久慈の北限の海女写真: Tai-Jan Huang(CC BY 2.0)
久慈市の小袖海岸には「北限の海女」がいます。沖は世界三大漁場のひとつに数えられる海で、良い海藻の育つ磯はウニやアワビの宝庫。海女の始まりは明治の初めごろで、男たちが遠洋漁業で何日も家を空けるようになると、女性たちが畑仕事の合間に海へ出て、アワビやワカメ、コンブを採って売るようになりました。当時はまだ「海女」ではなく「かつぎ」と呼んでいた。「北限の海女」という名は、昭和34年(1959年)のラジオドラマの題名から。平成30年度には「久慈の海女漁の技術」として市の無形民俗文化財になりました。ウニアワビ
三陸の海は夏でも冷たい。だから潜りは速さが勝負です。上手な人はひとかきで2mも進み、獲物の多い水深10m以上まで一気に潜って、ウニを10個ほど採り、腰に下げた網袋「ヤツカリ」に入れて浮かんでくる。7月から9月には素潜りの実演があり、殻付きのウニを試食することもできます。ウニ

アワビは冬、口開けで

岩手のアワビは冬に採ります。ほかの県のアワビの多くが夏に旬を迎えるのに対して、三陸のエゾアワビは11月から12月が漁期。波の穏やかな日に、浜の漁師がいっせいに採る「口開け」で漁をします。殻が9cm以下のものは採らない決まり。コンブやワカメがたっぷり茂る海で育つので、肉厚で歯ごたえがいい。生産量は全国3位(令和6年、74トン)で、干しアワビは中国や香港で最高級品として取引されています。アワビ
採り方も浜で違います。沿岸の中部から南部では、船の上から箱メガネで海底をのぞき、竿の先のカギで引っかけて採る。北部の洋野町は素潜りで、潜るのは主に男性の漁師です。洋野町漁協では30年以上前から「採鮑(さいほう)技能大会」を開いていて、その年のアワビの水揚げ量を競い、順位を相撲のように番付で発表します。アワビとウニをたっぷり使った汁物「いちご煮」も、三陸の伝統料理です。アワビウニ

本州一の秋サケ

岩手の秋サケは、水揚げ量が本州一。春に川で生まれた稚魚は、3月から5月に海へ下り、ひと月ほど湾の中で力をつけてから、アラスカ沖やベーリング海へ旅立ちます。3〜5年たって、生まれた川へ帰ってくる。この循環を支えているのが、古くから続けてきたふ化と放流です。久慈、宮古、釜石、大船渡など12の魚市場で揚がり、漁の約9割は定置網。サーモン
岩手のイクラは、皮がやわらかいと市場で評判です。理由は定置網にある。川をのぼるとイクラは粒が大きくなって皮が硬くなりますが、定置網なら川に入る前のサケを生きたまま揚げ、すぐ近くの魚市場へ出せる。だから、やわらかくて質のいいイクラになるのです。イクラ
氷頭なます
氷頭なます写真: 切干大根(CC BY-SA 4.0)
産卵が近づくと口先が曲がるオスのサケを「南部鼻曲がり鮭」と呼びます。江戸時代には南部藩の大事な財源で、いまは岩手県の魚。サケは、エラ以外は全部食べられる魚です。頭の軟骨「氷頭」をなますにした「氷頭なます」は、正月に欠かせない一品。平安時代の『延喜式』にも、氷頭を朝廷に納めた記録があります。こりこりした歯ごたえで、イクラをのせてもてなしに出すこともある。サーモンイクラ
宮古では、サーモンを海で育て始めました。令和元年11月から宮古湾でトラウトサーモンの海面養殖に取り組み、令和2年4月24日に初出荷。名前は公募で、宮古小学校の4年生が考えた「宮古トラウトサーモン」に決まりました。トラウトサーモンは、ニジマスを大きく育つよう品種改良した魚で、身の色がよく、刺身にも向いています。2期目からは宮古漁協の事業として育てています。サーモン

陸前高田の幻の貝

陸前高田の広田湾には「幻の貝」があります。トリガイの仲間のエゾイシカゲ貝で、市場では「石垣貝」とも呼ぶ。広田湾は平成8年に、全国で初めてこの貝の養殖を事業にしました。いまも産業としてまとまった量を育てているのは、全国でここだけ。砂を入れた容器で海中に吊るし、餌は与えず、湾のプランクトンで育てます。平成23年の東日本大震災で養殖施設は壊滅し、貝はすべて流されましたが、平成25年7月に震災後初めての出荷にこぎつけました。甘みとうまみの強い貝です。トリガイ

岩手県での呼び名

呼び名一般には出典での土地の書き方
クチナガサヨリ岩手県宮古
エラカレミズダコ鰓の呼び名。岩手県久慈市

岩手県の食べ方・名産

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