寿司のデータベース

品書き / いなり・ちらし

いなり寿司稲荷寿司

いなりずし/Inari sushi (Inarizushi)

甘辛く煮た油揚げに、シャリを詰めた寿司。稲荷の神の使いの狐は油揚げが好き、というところから名前が付きました。江戸では「いちばん安い寿司」として屋台で売られ、いまもおにぎりの隣に並ぶ。江戸から続くファストフードです。東は俵、西は三角。土地ごとに姿も中身もがらりと変わります。

いなり寿司
いなり寿司写真: Nesnad(CC BY-SA 3.0)
関西風の三角のいなり寿司
関西風の三角のいなり寿司写真: Mc681(CC BY-SA 4.0)

天保の江戸、いちばん安い寿司

東京いちばん古い記録は、江戸時代の末に書かれた『守貞謾稿』。天保の末年(1844年ごろ)、江戸で油揚げの片側を裂いて袋にし、きのこや干瓢を刻んで混ぜた飯を詰めて、売り歩く者が現れた。名前は「稲荷鮨」、あるいは「篠田鮨」。値段は「最も賤価鮨なり」、つまりいちばん安い寿司でした。尾張の名古屋あたりでは、それより前からあった、とも書かれています。
嘉永5年(1852)の『近世商賈尽狂歌合』の挿絵には、いまでは見かけない細長いいなり寿司を、屋台で切り売りする姿が描かれています。明治の『天言筆記』には、飯やおからを詰めてワサビ醤油で食べるとあり、こちらも「はなはだ下直」、とても安いという評判でした。
安くて素朴で、手軽においしい。その立ち位置は、江戸から少しも変わっていません。いまもスーパーやコンビニではおにぎりの隣に並び、うどん屋のサイドメニューにもある。高級な寿司屋ではあまり見かけないかわりに、回転寿司や持ち帰りの寿司屋、商店街の総菜屋では定番の人気者です。

狐の好物を詰めて

稲荷の神は、もともと狐ではありません。それが江戸時代、世間の信仰のなかで狐と重なっていった。稲荷の神の使いである狐の好物は油揚げ。だから油揚げの寿司は稲荷社へのお供えに欠かせず、「いなり寿司」と呼ばれるようになりました。お稲荷さんに供えた油揚げにご飯を詰めたのが始まり、という話も伝わっています。
狐にちなんだ呼び名は、ほかにもいろいろ。『守貞謾稿』に稲荷鮨と並んで出てくる「篠田鮨(しのだ寿司)」も、狐にちなむ名前です。うどんの「きつね」と同じく油揚げを使うから「きつね寿司」。鳴き声から「こんこん寿司」。そっけなく「揚寿司」とも呼ばれます。

東は俵、西は三角

東と西で、形がはっきり違います。関東は長方形の俵形。細長い油揚げなら半分に、四角い油揚げなら一辺を切り落として袋にする。関西は三角形で、真四角の油揚げを対角線で切ります。色も違って、関東は濃口醤油で色濃く煮しめ、関西は京揚げとも呼ぶ薄揚げを淡口醤油で色薄く仕上げる。
中身も東西で分かれます。関東はシャリだけか、ごまや麻の実を混ぜる程度のシンプルなもの。関西を中心に西日本では、椎茸や人参を煮て混ぜた五目のいなりが多く、シャリだけで作ることのほうがまれです。

豊川の門前と、助六

愛知発祥の地の候補は、江戸と名古屋、そして日本三大稲荷のひとつ、豊川稲荷の門前町。豊川稲荷では江戸時代の後半に「あぶらげずし」が考え出され、門前町で古くから参拝客にふるまわれてきました。名古屋のあぶらげずしは、甘辛く煮た油揚げにシャリをいっぱいに詰めて、底を閉じない。豊川ではいまも、いなりの上に味噌カツやうなぎをのせる新しい食べ方が考えられています。
助六寿司(愛知県春日井市の店)
助六寿司(愛知県春日井市の店)写真: KKPCW(Kyu3)(CC BY-SA 4.0)
愛知いなりと巻き寿司の詰め合わせを最初に「助六」と呼んだのは名古屋だ、という話があります。歌舞伎十八番『助六所縁江戸桜』の主人公・助六の恋人の名が揚巻。「揚げ」で油揚げのいなり、助六が締めてきたはち巻きで巻き寿司、という見立てです。熱田で助六を演じ終えた役者が、差し入れのいなりと巻き寿司を「助六」と呼び、ひいきの客から広まった、という話も残っています。

結ぶ、長い、赤くて甘い

栃木栃木のいなりは、真ん中をかんぴょうで結んであります。米俵に見立てた姿です。かんぴょうは国産の99%以上が栃木産。油揚げと同じ味で煮たかんぴょうで結ぶと、手でつかんで食べやすくもなる。道の駅や直売所の郷土料理コーナー、学校給食にも出てきます。
妻沼のいなり寿司と巻き寿司
妻沼のいなり寿司と巻き寿司写真: tak1701d(CC0)
埼玉埼玉県熊谷市妻沼の「聖天ずし」は、いなりが長い。13〜14cmもあって、江戸のいなり寿司の姿をいまに伝えています。1人前はいなり3本と巻き寿司4切れ。作る途中で破れた油揚げは、かんぴょうを巻いて補強します。昭和30年代までは、農家が重箱に米を入れて聖天様の門前の店へ持っていき、聖天ずしと取り替えてもらっていました。文化庁の「100年フード」にも選ばれています。
茨城日本三大稲荷のひとつ、笠間稲荷神社のある茨城県笠間市では、五目のいなりを古くから参拝客にふるまってきました。人参、ごぼう、しいたけに加えて、地元のそば、くるみ、舞茸まで入る。シャリのかわりに蕎麦を詰めた「蕎麦稲荷」も、笠間が発祥です。
青森青森の津軽地方のいなりは、中がピンク色で、甘い。刻んだ紅しょうがを混ぜ、食紅でさらに赤くすることもある。ご飯はもち米で、ざらめをたっぷり使うから、おはぎのようにもっちり甘い。赤は縁起のよさ、甘さはもてなしの心。砂糖が貴重だった時代、人が集まる日やハレの席には砂糖をふんだんに使った、その名残です。
長野長野の松本あたりには、油揚げを裏返して辛子をきかせた「からしいなり」があります。裏返しにするのは、ふつうのいなりと見分けるためでもある。
沖縄沖縄のいなりは、味をつけない油揚げにシャリを詰めただけ。うるま市の食品会社が始めたもので、いまは「沖縄風いなり」の名で総菜屋やスーパー、コンビニにも並んでいます。
熊本熊本県南関町の南関あげは、豆腐を圧して水気を切り、低い温度と高い温度の油で二度揚げした、カリカリの油揚げ。1枚が20〜30cm四方もあり、冷暗所なら2〜3か月もつ保存食です。これを甘辛く煮て、海苔の代わりに使って巻くのが「南関あげ巻き寿司」。南関町で巻き寿司といえばこれ、というほど親しまれています。Wikipediaは、昭和40年代に町のグループが考えたものとしています。いなりと巻き寿司のあいのこです。
海も渡りました。日本人が多く移り住んだハワイでは定番の食べ物になり、台湾では豆皮壽司、韓国ではユブチョバプ(油揚げ寿司)と呼ばれています。

台所で揚げを煮る

家で作るときの山場は、油揚げに味を含ませるところ。味が染みずに失敗しがちです。まず熱湯で2〜3分ゆでて油抜きをする。油揚げは軽くて浮くので、しゃもじで何度か押さえます。油抜きしたら、しっかり絞ってから甘辛く煮る。落としぶたをして焦がさないように煮込み、煮汁は少し残すのがこつ。いなり用に味をつけた油揚げも売っていて、これならそのまま使えます。
詰めるときは、油揚げの汁気を軽く絞っておく。栃木のレシピでは、シャリを1個50gほどの俵形にしっかり握ってから詰めています。五目のシャリなら、油揚げの口を上に向けて中身を見せるように並べると、具の色が映えます。
回転寿司でもいちばん安い皿に並びます。くら寿司(一皿110円からの店)の「いなり」は110円、はま寿司の「いなり(ごま入り)」は税込110円(2026年9月29日確認)。

値段

回転寿司・街の寿司屋・高級店のおまかせを並べて比べる

回転寿司

  • くら寿司「いなり」(一皿110円からの店)110円2026-09-29 時点
  • はま寿司「いなり(ごま入り)」(税込)110円2026-09-29 時点

大衆店

  • 富山 蛇の目寿司「いなり」にぎり1個(税込。その日の仕入れや季節で変わる)110円2026-09-30 時点

『江戸前の旬』では

86巻の第1話は「思い出のいなり寿司」。2019年には、同じ題の総集編『思い出のいなり寿司編』も出ています。

読者の感想に並ぶいなり寿司は、かたちもさまざま。8巻にはじゃこ平師匠が考えたいなり寿司、22巻にはおからの豊川稲荷、46巻には江戸いなり、73巻には葱納豆入りの稲荷寿司、77巻には南関揚げで巻いた稲荷太巻き。

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