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落語

目黒のさんま

「さんまは目黒に限る」。遠乗りに出た殿様が、目黒で焼きたてのさんまを食べ、その味が忘れられなくなる古典落語です。いまも目黒駅をはさんで、この噺にちなんだ、さんまのふるまいの祭りが二つ開かれています。

目黒駅前商店街振興組合の「目黒のさんま祭り」の横断幕
目黒駅前商店街振興組合の「目黒のさんま祭り」の横断幕写真: 江戸村のとくぞう(CC BY-SA 4.0)

「さんまは目黒に限る」

目黒のさんま祭りで演じられる落語
目黒のさんま祭りで演じられる落語写真: vera46(CC BY 2.0)
ある殿様が、目黒まで遠乗りに出かけます。鷹狩りとする演じ方もある。急な出立で、お供は弁当を用意できていません。腹を空かせた殿様のところへ、近くの農家から魚を焼くいい匂いが漂ってくる。家来は、下魚なので殿のお口には合わないと止めますが、空腹には勝てない。焼きたてのさんまを食べた殿様は、そのうまさにすっかり参ってしまいます。
後日、親戚の屋敷に招かれた殿様は、さんまを所望します。ところが出てきたのは、脂を抜き、骨を毛抜きで抜いた、ぱさぱさの別物。このさんまはどこから来たのかと聞けば、日本橋の魚河岸で仕入れたもの。殿様はひとこと、「やはりさんまは目黒に限る」。

殿様は誰で、茶屋はどこか

殿様が誰なのかは、決まっていません。ふつうは「さる大名」として、名を出さずに演じます。2代目柳家小さんは松平出羽守とし、8代目林家正蔵(彦六)は将軍家として演じた。赤井御門守とする演出もあります。
殿様がさんまを食べた茶屋は「爺々が茶屋」。百姓の彦四郎が開いたとされます。舞台は、いまの目黒区の茶屋坂。目黒駅と恵比寿駅のあいだ、ポーランド大使館やアルジェリア大使館の近くです。渋谷の道玄坂にあったとする説もあります。
当のさんまは、将軍の膳に出してはいけない魚介のひとつに挙がる魚でした。

目黒駅をはさんで、二つのさんま祭り

目黒区の「目黒のSUNまつり」は、この落語にちなんだ区民まつり。気仙沼市民から贈られた新鮮なさんまをその場で炭火で焼き、大分県のカボスを添えて、無料でふるまいます。第1回は1996年、会場は田道広場公園です。
目黒駅前では、目黒駅前商店街振興組合の青年部が「目黒のさんま祭り」を開いています。始まりは平成8年。岩手県宮古市から届く7,000匹のさんまを、宮古の塩で、和歌山県みなべ町の備長炭で焼き、徳島県神山町のすだちと、栃木県那須塩原市の辛味大根を添える。
この祭りが縁になって、品川区は平成14年、宮古市と災害時の相互援助協定を結びました。落語のさんまが、東京と三陸の町をつないでいます。

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