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江戸城の台所

将軍の膳に出さない魚

将軍の朝の焼き物は、毎日きまって鱚。その一方で、将軍に食べさせてはいけない魚も決まっていました。こはだ、鮪、いわし、赤貝。いまの寿司屋の主役ばかりです。

11代将軍 徳川家斉(19世紀)
11代将軍 徳川家斉(19世紀)写真: 伝 狩野養信(Public domain)

毎朝の鱚

将軍の朝食は、朝五つ(午前8時ごろ)。中奥の御小座敷で、髪を結われながら食べました。一の膳に汁、飯、向こう付け、平。二の膳に吸い物と、焼き物の皿。
シロギス(いおワールドかごしま水族館)
シロギス(いおワールドかごしま水族館)写真: Totti(CC BY-SA 4.0)
その焼き物の皿は「鱚両様」と決まっていました。鱚の塩焼きと漬け焼き、二通り。魚偏に「喜」と書く鱚は、縁起のいい魚です。毎月1日、15日、28日だけは鱚ではなく、尾頭付きの鯛か平目がのりました。

二百人の台所

将軍の食事は、思いのほか質素です。11代家斉の献立を写した『調理叢書』によれば、月に9日ほどは歴代将軍の月命日で精進仕立て。ふだんは一汁三菜に香の物でした。それでも台所に関わる者はおよそ200人。公の食事の御台所、将軍個人の御膳所、食材を調える御賄所、大奥の膳と、四つに分かれていました。
御膳所で作った料理は、毒見をへて将軍の食事処へ。膳は将軍と、相伴役の小姓二人の三人分。小姓は座敷の隅で先に箸をつけ、将軍の量と速さに合わせて食べました。

食べさせてはいけないもの

そして、将軍に食べさせてはいけないものも決まっていた。江戸時代後期から幕末にかけての決まりでは、ねぎ、にら、にんにく、らっきょう、わかめ、ひじき、さんま、いわし、さめ、ふぐ、なまず、ふな、かき、赤貝。肉は雁、鴨、兎だけと定められていました。
大久保洋子『江戸の食空間』が挙げる一覧には、コノシロ、こはだ、秋刀魚、鰯、鮪、鮫、ふぐ、アイサメ、鯥、あかえい、いな、鯰、鰌、鮒、それに干もの類が並びます。
こはだ、鮪、いわし、さんま、赤貝。いまなら寿司屋のつけ台で主役を張るタネが、ずらりと禁じられていたわけです。
禁じた理由までは、どちらの一覧にも書かれていません。手がかりは、同じ時代の魚の格付けです。『古今料理集』では、鰯、鮪、鯖、河豚は下魚。鮪は遠くから運ぶうちに鮮度が落ち、河豚は毒を抜く技がまだ無かった。コノシロのほうは「この城」に通じるとして、武士が食べなかった魚でもあります。

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