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品書き / 郷土寿司

ます寿司鱒寿司

ますずし/Trout sushi (Masuzushi)

丸い曲物に笹を放射状に敷き、薄紅色のマスとシャリを重ねて押した、富山の押し寿司です。源流は、江戸の享保年間に富山藩が将軍吉宗へ献上した鮎の鮓。全国に名が通ったのは、明治の終わりに富山駅で売り出された駅弁「ますのすし」からでした。

笹ごと切り分けたます寿司
笹ごと切り分けたます寿司写真: Sougenma(CC BY-SA 4.0)

「ますのすし」は駅弁の名前だった

富山ます寿司を全国区にしたのは駅弁です。富山駅で駅弁を売っていた「源」が、明治45年(1912年)に「ますのすし」を売り出した。そのころ富山の名物寿司といえば、まだあゆずしでした。売れるようになるまでには時間がかかり、昭和7年の値段は45銭。戦後の昭和24年に戦前のかたちで売り出しを再開したときは、一重110円、二重210円です。
富山「ますのすし」は、じつは源が作った商品名です。駅弁大会や物産展でこの駅弁が有名になると、ほかの店も鱒寿司を「ますのすし」と名乗るようになった。いまは「ます寿し」「ますの寿し」「鱒の寿司」と書き方がばらばらですが、指しているものはみな同じです。
富山掛け紙を紐でくくるのが当たり前だった昭和37年、発売50周年の「ますのすし」は箱に入りました。描かれたのは「越中神通川ますとりの図」。この年ごろから全国駅弁大会で人気を集め、「西の横綱」と呼ばれるまでになります。昭和40年からは、画家の中川一政の描いたマスが包装を飾る。神通川でとれたばかりのマスをモデルに描いた、という話が残っています。

もとは鮎、献上先は将軍

富山さかのぼると、江戸時代の享保年間。料理の腕が立った富山藩士の吉村新八が、三代藩主の前田利興のために鮎の鮓を作り、利興がこれを将軍吉宗に献上した。吉宗がその味をほめたことで、富山の名物になったという物語です。史料の『越中史料』に残っているのは、このとき献上した鮎寿司の作り方が、いまの鱒寿司と同じ早ずしだったこと。のちに鮎の代わりに、春に神通川をのぼってくるサクラマスを使うようになりました。
富山神社から始まったとする見方もあります。富山市の鵜坂神社では、神通川でとれた一番鱒を塩漬けにして、春の祭礼に供えていた。それが江戸時代に、早ずしの鱒寿司へ姿を変えた、という筋書きです。
富山使うマスは、もとは神通川をさかのぼってきたサクラマスでした。いまはのぼってくるサクラマスが少なくなり、買う人は増えたので、外国産のマス類や北海道産のものが中心です。

笹を放射状に、竹とゴムで締める

青竹を当ててゴムで締めた一重の曲物
青竹を当ててゴムで締めた一重の曲物写真: くろふね(CC BY 4.0)
富山作りは、木の曲物の底に笹を放射状に敷くところから。塩漬けしてから味をつけたマスの切り身を並べ、シャリを押しながら詰めて、笹を折りたたんで包む。上から重石をかけます。売られるときは曲物の上下に青竹を当て、ゴムで締めた姿。一段のものと、二つ重ねた二段があります。食べるときはふたを外して、放射状に切り分ける。添えてある小さなナイフで、笹の上からのこぎりのように引いて切ります。
富山あのゴムにも理由があります。昔は藤づるで縛っていましたが、素手で縛ると指をはさんだり繊維で切ったりと、けがが絶えなかった。水を吸った木の曲物は重く、運ぶのも腰にこたえる。そこで昭和38年、源は藤づるをゴムバンドに、曲物の底とふたを合板に替えました。縮むゴムが寿司の水分に合わせて押しをかけ続け、薄い合板が水分をうまく逃がす。竹は、竹林の手入れで切り出した孟宗竹です。
笹で包むことで、ます寿司は熟れていきます。笹の緑の鮮やかさを取るなら冷凍の笹、色と香りを取るなら湯で戻した干し笹。以前は冬なら1週間、夏でも3〜4日もったものですが、近ごろは好みが変わって、押しも酢も弱い、生寿司に近いものも出てきました。

厚みも酢も、店で違う

マスとシャリの断面
マスとシャリの断面写真: くろふね(CC BY 4.0)
富山富山では、ます寿司は家で作るより店で買うもの。専門店は富山市内だけで20軒を超え、マスの厚み、酢の加減、押しの強さがどれも違います。シャリを全部マスで覆うもの、マスを下に置くもの、竹筒に詰めたものまであって、県民それぞれにひいきの店がある。
富山一年中売っていますが、ふだんからよく食べるものではありません。出番は祭りやお盆、年末年始と、何かめでたいことがあるとき。土産や贈り物に買う人も多い。
富山食べ比べるなら、観光案内所にある「ます寿しの食べ歩きマップ」が便利です。富山市の「ますのすしミュージアム」では歴史と職人の技を見られて、手作り体験もできる。富山ます寿し協同組合でも手作り体験を開いています。
富山源の「ますのすし一重」は2,200円、二個入りは4,200円、小さめの「小丸」は1,600円(いずれも税込)。昭和24年の一重は110円でした。

ぶりのすし、おせずし、直径3メートル

富山ます寿司から枝分かれした寿司もあります。マスの代わりにブリを使った「ぶりのすし」は、昭和32年に源の三代目が考えた押し寿司で、かぶら寿司がヒントになりました。カニを使ったものや、コンビニにはます寿司のおにぎりまで並びます。
富山富山は押し寿司の多い土地で、ます寿司や笹寿司のほかに「おせずし」があります。名前は「押しずし」がなまったもの。魚津市や黒部市などの新川地区で、焼いたサバのほぐし身を甘酢で味つけし、シャリで挟んで海苔をのせ、三段に重ねて重石で押し固める。ひと晩おいて、四角く切ります。魚津の8月の「たてもん祭り」などのハレの日には、米一升で大きく作り、切らずに大皿で出すこともあります。
富山2014年11月29日、富山市の総曲輪グランドプラザで、直径3メートル、280人前の「世界最大」のます寿司が作られました。さすがに一枚では無理で、8等分して作り、合体させています。
家で作るなら、マス150gに米1合。マスを三枚に開いて薄く切り、塩を小さじ1ふる。水気が出たらふき取って、酢大さじ3に30分〜1時間漬けます。笹を敷いた曲げわっぱにシャリを敷き詰め、水気をふいたマスをのせ、笹で閉じて重石。数時間おけば食べられます。

値段

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  • ますのすし本舗 源「ますのすし一重」税込2,200円2026-09-29 時点

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