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俳句

寿司は夏の季語

旬のタネは季節ごとに替わるのに、俳句の世界では、寿司そのものの季節が決まっています。なぜその季節なのか。蕪村や子規が詠んだ寿司の句と、季節の違う寿司の話です。

夏の部にある寿司

俳句の世界では、寿司は夏の季語です。歳時記を開くと、「鮓」は夏の部にある。辞書も同じで、魚と飯を漬けて発酵させたなれ寿司にも、酢で味をつけたシャリに魚をのせる寿司にも、夏の印が付いています。江戸前の握りも、季語としては夏。旬のタネは季節ごとに替わるのに、寿司そのものは夏に置かれている。ここが面白いところです。
なぜ夏なのか。決め手は酢です。酢は暑さに耐える。だから寿司は、夏の食べ物。魚を塩で漬けて発酵させた昔の寿司も、酢で味をつけて重石をのせ、ひと晩おいて食べる一夜鮓も、歳時記ではそろって夏。
夏に入るのは、寿司だけではありません。歳時記には、鮓の仲間の季語がずらりと並びます。すもじ、握り鮓、押鮓、稲荷鮓、なれ鮓、鮎鮓、鮒鮓。さらに鮓桶、鮓の石、鮓漬ける。漬ける桶も、押さえる石も、漬ける手仕事も夏です。寿司桶は、シャリを作るときに使う浅い白木の桶で、もとはなれ寿司を漬け込む桶でした。飯台、飯切とも呼ぶあの桶です。

寿司を詠んだ句

蕪村には、寿司を詠んだ句があります。「鮨桶を洗へば浅き遊魚かな」。そして「鮓おしてしばし淋しきこころかな」。寿司を売る人も句になりました。「鮓うりを垣からまねく穂蓼哉」は、高政の句。垣根越しに鮓売りを手招きする、という一句です。
句を並べてみると、蓼がよく顔を出します。高政の「穂蓼」に、一茶の「蓼の葉も紅葉しにけり一夜鮨」、正岡子規の「早鮓や東海の魚背戸の蓼」。一夜寿司は、作りはじめてから一日ほどで食べる寿司で、早寿司とも言い、これも夏の季語です。寛永20年(1643)の『料理物語』にもう名前が見えます。
子規は、寿司の句をいくつも残しています。明治25年の「鯛鮓や一門三十五六人」には、身内の老いも若きも、男も女も集まって、という前書きが付く。ここでの一門は身内のことで、三十五六人で鯛の寿司を囲んでいるわけです。明治28年には「ふるさとや親すこやかに鮓の味」。ふるさとの親が元気で、寿司がうまい。季語の鮓ひとつで、夏の句になる。

冬の寿司

ところが、冬の季語になる寿司もあります。ひとつは蒸し寿司。甘辛く煮た干瓢や椎茸、筍などを混ぜたシャリを器に盛り、金糸卵や焼きアナゴを散らして、蒸籠や蒸し器で蒸したもの。主に京阪で食べる寿司で、「温鮨(ぬくずし)」とも呼びます。温かく、冬向き。歳時記の解説には、京都の新京極で持ち帰り用の蒸し器を付けて売っている、という一文まであります。
もうひとつは、かぶらずし。塩漬けのかぶの間に塩漬けのブリを挟み、麹で漬けて発酵させる、なれ寿司の一種です。石川や富山の冬の郷土料理で、季語も冬。暑さに耐える酢の寿司は夏、温かい蒸し寿司と冬の郷土料理のかぶらずしは冬。同じ寿司でも、季語の暦ではきちんと住み分けています。

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