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小説の中の寿司ダネと寿司ネタ

明治から昭和の作家は、握りの上にのるものを何と書いたのか。「鮨種」か、「たね」か、「ネタ」か。青空文庫で寿司の出てくる小説や随筆を開き、一本ずつ探してみました。一つの短編の中で、呼び名が三つに分かれている作品もあります。

青空文庫で数える

明治から昭和の作家は、握りの上にのるものを何と書いたのか。青空文庫で原文を開いて、数えてみました。開いたのは、食べものの随筆が多い北大路魯山人と古川緑波、それに岡本かの子、谷崎潤一郎、夏目漱石、岡本綺堂、永井荷風、織田作之助ら20人の公開作品すべてと、題に鮨や寿司の字を含む作品。あわせて1394本です。本文に鮨・鮓・寿司・寿しの字が出てくるのは111本。そのうえで、寿司の上のものをひとまとめの言葉で呼んでいる箇所を探すと、見つかった作品はたった4本でした。寿司の意味のネタは、1394本のどこにも出てきません。数えたのは、こちらで選んだ作家の作品だけ。志賀直哉の作品は『小僧の神様』も含めて、青空文庫にまだ入っていません。

岡本かの子『鮨』の三つの呼び名

いちばん言葉が豊かなのは、岡本かの子の短編『鮨』。1939年の「文芸」に載った小説で、東京の坂の多い町にある福ずしという店が舞台です。常連は好きな席に陣取って、すぐ鮨にかかる人もいれば、「鮨種子(すしだね)」で融通してくれる刺身や酢のもので酒を飲む人もいる。振ってあるルビは、すしだね。一方、客が品定めする硝子箱の中身は「材料」と呼ばれます。鰹の中落ち、鮑の腸、鯛の白子を常連にだけ出すくだりも、鮨の材料を採ったあとのもの、という書き方です。
同じ小説に、もうひとつ呼び名が出てきます。常連の湊が、自分の子どものころの話をする後半。魚が嫌いで肉も寄せつけず、痩せていく子に、母親が目の前で鮨を握ってみせる。蠅帳の中には、もう「鮨の具(ぐ)」がこしらえてありました。最初は玉子焼の鮨、次に白く長い切り身。子どもはそうして、生まれて初めて烏賊を食べます。素人の母が握る鮨は大きさも形もまちまちで、皿の上で倒れて、のせた具を落とすものもあった。店では鮨種子と材料、母の台所では具。一つの小説の中で、呼び名が場所ごとに分かれています。

谷崎の「種」、魯山人の「たね」

谷崎潤一郎の『細雪』中巻は、漢字一字の「種」です。貞之助たちが連れ立って、神戸の鮨屋「与兵」の暖簾をくぐる場面。親爺は東京・両国の与兵衛で修業した神戸生まれで、握りは上方の趣味が濃い。酢は白いのを使い、蝦や烏賊、鮑は食塩を振って食べるようすすめる。瀬戸内海で獲れる魚なら何でも種にして、鱧、河豚、牡蠣、鯨の赤身から、椎茸、筍、柿にまで及ぶ。そのくせ鮪はあまり使わず、小鰭や玉子焼は店に影も見せない。「種は日によっていろいろだけれども」、自慢の鯛と蝦は欠かさない。寿司の上のものを指す種は、この段に三度出てきて、青空文庫の本文ではどれにもルビがありません。
魯山人は、ひらがなの「たね」。戦後の東京の寿司屋を品定めした随筆が「握り寿司の名人」(「独歩」1952〜53年)で、よい飯を炊くには一人仕事では無理だ、という話の途中に、こはだのような小さな魚が「寿司のたねになるには」大そうな手数がかかる、とあります。同じ文章で、店に集まる客の顔ぶれは漢字の客種(きゃくだね)。昭和29年の随筆「美食多産期の腹構え」でも、瀬戸内海のあなごは天ぷらにも「すしだねには向かない」。字は違っても、寿司の上のものはいつもタネの側にあります。

ネタはどこにいたか

では、ネタはどこにいたのか。古川緑波の食べものの随筆に、ちゃんといました。「うどんのお化け」では、出前持ちが、おかめもきつねもたぬきも「ネタを全部ブチ込んじゃうんです」。「下司味礼賛」では、おでんのネタが変った、と嘆く。昭和14年の日記には、天ぷらを食べて「ネタがいゝのでうまい」。ところが、同じ「うどんのお化け」で寿司屋の話になると、まぐろで蕁麻疹が出る身には、食えるのはこはだ、あなご、卵くらい。並ぶのは魚の名前で、ネタの二文字は寿司には付きません。
寿司が出てきても、たいていの作品は上のものをひとまとめに呼びません。『鮨』の亭主も、カンパチに脂がのっている、今日は蛤も、と魚の名で勧める。総称が顔を出した4本に並ぶのは、鮨種子、種、たね、すしだね、そして材料と具。開いた範囲の文章では、寿司の上はタネの領分で、ネタは緑波のうどんとおでんと天ぷらの上にいました。二つの言葉の成り立ちは、寿司ばなし「寿司ダネと寿司ネタ、何が違う?」にあります。

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