寿司のデータベース

品書き / 貝など

牡蠣

かき/Oyster (Kaki)

生ガキは、握りにするとうまくいかない。水が出て、しかもうますぎてシャリが消えてしまう。寿司屋の牡蠣は、さっと煮てから握る煮がきが定番です。冬のマガキと夏のイワガキ、「生食用」と「加熱用」の本当の違い、そして全国の6割を育てる広島湾の筏まで。

マガキ(スウェーデンで育ったもの)
マガキ(スウェーデンで育ったもの)写真: W.carter(CC BY-SA 4.0)
真ん中が蒸し牡蠣の昆布締めの握り(左は赤イカ、右はカツオ)
真ん中が蒸し牡蠣の昆布締めの握り(左は赤イカ、右はカツオ)写真: RuinDig/Yuki Uchida(CC BY 4.0)

旬

マガキは冬、イワガキは夏。夏でも身がやせない三倍体のマガキもある。

旬 出回る時期

種類

マガキ

日本でカキといえばこれ。泥地を好み、冬が旬。国内で養殖される貝のなかで、いちばん量が多い。

旬は12月から3月のはじめ。三倍体を除けば、出回るのは10月から5月ごろまで。

イワガキ

別名 夏ガキ

岩や磯につくカキ。殻の高さが20cmを超える大型で、マガキと入れ替わるように夏に出回る。

8月上旬から10月ごろ。

生の牡蠣は、握りにならない

マガキ生ガキを握ると、たいてい失敗します。夏にイワガキの生で試したときは、身から染み出す水分が思った以上に多かった。しかも牡蠣がうますぎて、シャリの存在を消してしまう。そこでマガキを軽くゆでてみたら、今度は身が大きすぎて、二つに割ってやっとシャリにのせた。ところがこれが、シャリがどこへ行ったか分からないほどうまい。マガキは軽くゆがくと、ぐっと味が濃くなります。
マガキマガキの寿司の定番は、煮がきの握りです。むき身をさっと醤油味で煮て、味を含ませてから握る。すわりが悪いので海苔の帯で巻きます。煮てあるから水も出ない。ほんのりした苦みと醤油の味わいを、シャリの酸味がうまくまとめて、あと味よく喉へ消えていく。

「生食用」は鮮度の印ではない

「生食用」と「加熱用」の違いは、鮮度ではありません。生食用は、海水中の大腸菌の数が基準を満たした海域でとれたもの、または基準を満たした海水や人工の塩水で浄化したもの。多くは紫外線で殺菌した海水の中で一定の時間生かしておき、体の中の細菌を出させてから出荷します。そのぶん旨みは少し落ちる。加熱用はそのまま出荷されるので、味は加熱用のほうがいいこともある。見ただけでは区別できないので、「生食用」と書いていない牡蠣は、必ず火を通して食べます。
牡蠣でいちばん気をつけたいのはノロウイルス。汚染のおそれのある二枚貝は、中心部を85〜90℃で90秒以上加熱するのが望ましい、というのが厚生労働省の目安です。2001〜2003年に市販の生牡蠣を調べたところ、生食用の12.9%(116検体中15)、加熱加工用の24.4%(41検体中10)からノロウイルスの遺伝子が見つかっています。感染できるウイルスがいるかまでは確かめていない数字ですが、生食用でもゼロではない、ということです。

Rのつかない月と、夏の岩牡蠣

「Rのつかない月に牡蠣を食べるな」。月の名にRが入らない5月から8月は牡蠣を食べるな、というイギリスのことわざです。マガキが産卵するのは水温の高い夏を中心とした時期で、産卵すると味が落ちる。日本にも「桜が散ったら食べるな」という言い回しがあります。ただし例外もあって、丸みを帯びたイワガキは夏が旬。いまは人工的に作った三倍体のマガキも養殖され、一年じゅう出荷できるようになりました。
マガキマガキの旬は12月から3月のはじめ。秋から冬にかけて、おいしさのもとになるグリコーゲンを体にため込みます。広島かきのいちばんの食べごろは、年明けの1月から3月ごろです。
イワガキの殻(三重県鳥羽市で水揚げ)
イワガキの殻(三重県鳥羽市で水揚げ)写真: N yotarou(CC BY 2.5)
イワガキ夏の主役はイワガキ。泥地を好むマガキに対して、岩や磯につくカキ、あるいは岩のようなカキ、という名前です。殻の高さは20cmを超え、1kg近いものもある。昔から食べていたのは、秋田、山形、新潟、富山、石川、鳥取といった日本海側と、太平洋側では千葉の銚子や鹿島灘くらい。養殖が始まったのは島根県の隠岐・西ノ島で、いまは各地に広がっています。

掻き落とす貝、雄ばかりの字

「かき」は、石から「掻き」落とす貝。殻を砕いて「欠いて」とるから、殻が「欠け」やすいから、という見方もあります。漢字の「牡」は雄のこと。昔は牡蠣がみな雄だと思われていて、正徳2年(1712)の『和漢三才図会』にも、雄ばかりで雌がいないから牡蠣と名づける、とある。実際には、雄と雌の役を入れ替わって務める貝です。
牡蠣が「海のミルク」と呼ばれるのは、乳白色の色合いと、栄養の豊かさから。日本だけでなく、ヨーロッパやアメリカでもそう呼ばれてきました。無機質ではとくに鉄分と亜鉛が多く、あの甘みのもとはグリコーゲン。

広島湾の筏と、軍艦の船底

広島湾に並ぶかき養殖の筏(上空から)
広島湾に並ぶかき養殖の筏(上空から)写真: Toshiki_Tanaka(CC BY-SA 4.0)
広島国産の牡蠣の6割は広島生まれ。令和5年の広島県の生産量はむき身で16,129トン、全国の62.9%です。島や岬に囲まれて波が静かな広島湾に、川が栄養を運び込み、牡蠣の餌になるプランクトンが育つ。天文年間(1532〜1555年)に安芸の国で養殖の方法が生まれた、という記録も残っています。
広島いまの筏で吊るす養殖のヒントは、軍艦でした。呉の海軍工廠で船底の塗料を研究していた青年から「停泊中より航海中、それも水面すれすれのところで大きく育つ」と聞いたのがきっかけ。竹を筏に組んで船で引き回し、潮の速い海に浮かべる試みが始まります。1926年に広島県で筏の試験が始まると、干潟に枝を立てる昔の方法の2倍以上に育ち、1950年代から一気に広がりました。
大阪大坂の冬の名物は、広島から来る「かき船」でした。川岸に船をつなぎ、牡蠣料理を食べさせる屋形船です。とくに堂島川や道頓堀川の牡蠣船は大坂の名物のひとつ。江戸末期には、芸州の草津の浦から20余艘、仁保の浦から15艘が、毎年10月中旬に大坂へ入ってきた。はじめは広島の牡蠣を割って売るだけだったのが、やがて船の中に客を入れて料理を出すようになります。明治のころは10月に来て、3月末になると船ごと広島へ帰っていきました。
宮城広島に次ぐのは宮城、そして岡山、岩手。養殖が盛んなのは瀬戸内海と三陸です。2011年の東日本大震災で宮城の養殖場が壊滅したとき、復旧を手伝ったのはフランスの牡蠣の養殖業者たちでした。かつて日本に助けてもらった恩返しです。フランスで牡蠣の稚貝が死滅したとき、日本の種ガキが海を渡っていました。
長崎産地ごとに育て方が違い、味も違う。2012年の殻付き生ガキの品評会「かき日本一決定戦」の1位は、長崎県諫早市の「華漣」。小粒でふっくら、旨みが強いのにあと味がいい。北海道厚岸町の「カキえもん」は、砕いた殻に1匹ずつ幼生をつけて育てるシングルシードで、一年中出荷できます。

酢ガキ、土手鍋、カキオコ

日本人が牡蠣を生で食べるようになったのは、明治以降のことです。それまでは産地から町へ運ぶのに時間がかかり、生で食べるのは産地くらい。酢でしめるか、火を通して食べていました。魚の生食を嫌う欧米で、牡蠣だけは古代ローマの昔から生で食べられてきた。生食の文化を欧米から輸入した、珍しい食材なのです。いまも日本料理の定番は、ポン酢や柑橘の三杯酢で和える酢ガキ。
広島土地の牡蠣料理もいろいろ。広島の土手鍋は、土鍋の内側に味噌を厚く塗り、牡蠣やネギを入れて、溶け出した味噌で食べる鍋。広島湾のあたりには牡蠣の雑煮もあります。岡山県備前市日生の「カキオコ」は、地元で養殖した牡蠣のむき身をたっぷり入れたお好み焼きで、1960年代に始まりました。

台所の牡蠣

パックのむき身を買うなら、身がふっくらふくらんで、中の汁が透き通っているものを。生食用のむき身は、大根おろしで軽くもみ洗いしてから塩水に取り、大根おろしを落として水気を切る。あとは柚子と醤油、一味唐辛子で。
家で牡蠣を握るなら、煮がきにするのが確かです。むき身をさっと醤油味で煮て味を含ませ、シャリにのせて海苔の帯で留める。火が通っているので水も出ず、シャリとなじみます。

『江戸前の旬』では

121巻の紹介文は、夏から秋の旬のタネの一番手に岩ガキを挙げ、マゴチやゴマサバ、アマダイと並べています。

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牡蠣とつながるタネ

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