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品書き / 光り物

ニシン鰊・鯡

にしん/Pacific herring

春、大群が押し寄せて海を真っ白に染める「群来(くき)」。明治には100万トン近く揚がった北海道のニシンは、昭和30年代ごろから急に姿を消し、一時は幻の魚とまで言われました。身欠きニシンは北前船で日本海を渡り、京都のにしんそばや北陸の寿司になった。握りで食べる生のニシンは、トロリと脂がのってうま味が強い、光りものです。

ニシン
ニシン写真: OpenCage(CC BY-SA 2.5)
生ニシンの握り
生ニシンの握り写真: RuinDig/Yuki Uchida(CC BY 4.0)

旬

旬は産卵の群れによって違いますが、寒い時期から春にかけてが安定しています。握りなら、脂ののった秋から春。

旬 出回る時期

海が白くなった春

北海道江戸時代後期から明治にかけて、北海道の日本海側ではニシン漁が隆盛を極めました。春、大群が産卵のために岸へ押し寄せると、海が精子で真っ白に濁る。これが「群来(くき)」です。明治のピークには100万トン近くが揚がりました。
北海道その富の大きさを、いまも見せてくれるのが小樽の「鰊御殿」です。積丹の泊村の鰊親方・田中福松が、1891年から7年がかりで建てた番屋で、1958年に小樽へ移して復元され、北海道の有形文化財になりました。使った材料はおよそ540トン。全盛期には、ここに120人ほどの漁夫が寝泊まりしていました。
ところが昭和30年代ごろから群来は急に減り、ニシンはほとんどとれなくなった。一時は幻の魚と呼ばれ、とくに数の子は「黄色いダイヤ」と呼ばれた貴重品に。資源はいまも完全には戻っていません。
ニシンには、大規模に回遊する群れと、沿岸で小さく回遊する群れがあります。かつて北海道の主役だったのは、北海道西岸からサハリン南西岸で産卵する大群。これが1950年ごろに激減しました。いまも厚岸湖などの湖沼の群れがいます。
食べてきた歴史は古く、平安時代には渡島(いまの松前・函館のあたり)から都へ送られていました。食べるだけでなく、肥料や飼料として国の産業を支えた時代もあります。

幻の魚、ではない

とはいえ、いまの生のニシンは決して高くない。マイワシと同じくらいの値段です。「珍しいですね、生のニシンですか」と騒ぐほどではない。ただ、関東まで来るニシンで、脂も鮮度も抜群というものは少ない。
三陸産の形のいいニシンを持ち込むと、江戸前の寿司職人は「ニシンなんて握ったことねー」としぶしぶ下ろした。骨を抜いて味見したとたん、「なんだコレ、うまいな」。脂ののった秋から春のものはトロリとして、背の青い魚らしい深いうま味がある。シャリともよくなじみます。
数の子、子持ち昆布、身欠きニシン、ぬか漬けといった加工品の原料は足りず、多くをアメリカ、カナダ、ロシア、ノルウェーなどからの輸入に頼っています。数の子と子持ち昆布は、ほとんどすべてが輸入もの。

二身、二親、魚に非ず

「ニシン」の由来は一つではありません。内臓を取って身を二つに割る「二身」から。あるいは1697年の『本朝食鑑』が書く「二親」、つまり父と母。ほかの魚が及ばないほど子(数の子)が多いのは、父母のおかげ、という見立てです。
漢字は二つ。「鰊」は東国の魚。「鯡」は魚に非(あらず)と書く。米のとれない松前藩が、年貢の米の代わりにニシンを集めた歴史と重なるのが面白いところです。「春告魚」と書くこともあります。
秋田ではニシンを「カド」と呼びます。その子だから「かどの子」、なまって「かずのこ」。そこに「数の子」の字が当てられました。

北前船が運んだ身欠き

福井身欠きニシンは、江戸時代から明治まで日本海を行き来した北前船が運んだもの。だから北前船の寄港地には、身欠きニシンを使った飯寿司(米麹で漬けた寿司)が必ずあります。福井県敦賀のにしん寿しは、片身そのままの身欠きニシンを大ぶりの大根と麹で漬けたもの。麹でほの甘く、ニシンは柔らかい。
富山富山県南砺市の大根ずしは、戻した身欠きニシンと、塩をした大根、にんじん、昆布、鷹の爪を麹で漬けたもの。こちらはニシンより大根が主役です。
にしんそば(京都)
にしんそば(京都)写真: Gleam(CC BY-SA 3.0)
京都にしんそばは、身欠きニシンを甘露煮にしてかけそばにのせたもの。京都では南座そばの「松葉屋」が1882年に始めたとも、北海道の江差が発祥とも言われ、いまも京都のうどん屋の定番です。京都は昆布と薄口しょうゆで薄味、北海道は濃口でほのかに甘い汁。
京都京都には、戻した身欠きニシンを刻んだ昆布と炊く「にしんこぶ」があり、毎月のお朔日に炊くものでした。夏には、出盛りの賀茂なすとニシンを炊き合わせます。
店頭の身欠きニシン(茨城県水戸市)
店頭の身欠きニシン(茨城県水戸市)写真: Asturio Cantabrio(CC BY-SA 4.0)
福島海のない会津にも、身欠きニシンの料理が根づいています。山椒の葉をたっぷり入れて、しょうゆと酢に漬けた「にしんの山椒漬け」。戻して天ぷらにしたり、山椒みそで田楽にしたり。
北海道北海道の「ニシン漬け」は、春にとったニシンを身欠きにして保存し、晩秋にキャベツ、大根、にんじんと米麹と塩で漬け込んで、冬に食べるもの。身欠きニシンは、木灰を溶かした水か米のとぎ汁に1〜2日つけて戻します。

子持ちは印籠焼きに

産地では刺身でもよく食べますが、生食にはアニサキスの危険があります。マリネなどにするなら、一度冷凍してから。
子持ちニシンが手に入ったら「印籠焼き」に。卵巣と身は火の通り方が違うので、丸のままではうまく焼けない。筒切りにして、卵巣を中に入れたまま四方から焼けば、生焼けになりません。卵巣のうまさは、魚のなかでも無類です。
酢締めは、三枚に下ろして腹骨と小骨を取り、強めの塩で1時間ほど。しょうがと甘酢に1時間以上漬ければ完成です。酢としょうがで生臭みが消え、ニシンのうま味が立つ。
北海道北海道の「かまくら焼き」は、三枚に下ろしたニシンをしょうゆ・酒・みりんに漬けて、翌日焼くもの。安政年間の記録にも出てきます。

値段

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市場

  • 生のニシン(関東)決して高くなく、マイワシと同じくらい(年の記載なし)
  • ニシン鮮魚(市場)北海道産が多い。鮮度のいいものはやや高値(年の記載なし)

『江戸前の旬』では

88巻に、「ニシン」と題した話があります。

読者の感想をたどると、18巻で生のニシンをマリネに、50巻ではニシンの新子を酢で締めて、刻んだ玉葱の土佐酢漬けを薬味に。88巻には生ニシンの握りが出てきます。

土地の呼び名

呼び名土地種類・メモ
カド秋田「かどの子」が数の子の語源とされる
春ニシン・群来ニシン北海道3〜6月に産卵に寄るもの。夏ニシン、冬ニシンとも呼び分ける

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ニシンとつながるタネ

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